2016年08月21日

366日

ちょうど丸1年経った。
今夜、radioheadは"let down"演るだろうか。
clinging onto bottles
when it comes its so so,disappointing.
let down and hanging around.
時折、この歌詞がしっくりきてしまうくらい感傷
的になる夜も沢山あった。そんな1年。
あっという間な訳はない、長い長い1年であった。
振り返ることはないが、時折、あの一報を聞いた
時のぞっと感と手術室から出てきたトキロックの
姿がフラッシュバックしては、生きてたことを
感謝し、それだけで十分じゃないかとその度に
思うが、過ぎ行く時間の中で欲深い僕は人並みの
生活や出来ればまた一緒にバンドでツアーを回り
たいと思ってしまっている。

この一年、多くの言葉をトキロックに投げかけたが
言葉ははらはらと舞っては落葉になった。
伝わったような気になった時ももちろんあったが
今回の病に関しては薬の力にとても助けられたし
今も助けられている。
病識を持てば当然のことでもあるのだが、言葉も
音楽ももっと言えば自分の存在も役に立たない
ことがあるということに少なからずショックを
受けたのも事実である。ただ冷静に考えれば腹痛の
時にいくら前向きな言葉や素敵な音楽を聴かされても
正露丸には敵わないと思うとそれほどショックを受ける
ことでもなかった訳だが、、、
曲がりなりにも言葉を扱い表現してきて自分の言葉
にも少しは力があると思っていたわけで、それが
一番身近な人に届かなかったということもあり
歌詞がずっと書けないでいた。もしかしたらこじつけ
かもしれない、何かのせいにしてはいけない。
わかっているが言葉が空を切り続ける感覚が抜けない
のが本当のところである。
大袈裟だと思われても仕方ない話である。
トキロックの件と作品は別の話であることも
重々わかっているつもりなのだが、、、

これを人はスランプと呼ぶのだろうか。
メロディーを前にして書こうとしてまったく言葉が
出て来ず、1行も書けず(書く気になれず)数ヶ月が経ち
いよいよ歌入れもしなければというとこまで来て、
何も書けなくて 夏、、、
そりゃ言葉よりクスリに行くよなってブラック
な冗談は置いといて。
とにかく今日は何か書こうと机に座り続けた。
そしてとにかく何かは書いた。

ソフトクリームとチョコレートを買って
食べながら、その歌詞を口ずさむ。

言葉は伝えるものではなく、そっと置いておく
もので十分である。
僕の欲深さが言葉を枯らしていたのかもしれない。

トキロックはオリンピックを観たり、鳩に
そこに糞をしないでくれとお願いしたりして
過ごしていましたが、今日、事故以来初めて
幸せだと思えたと言っていた。

ジュンのお父さんがゆずドレッシングを送ってくれた。

そんな1年後である。

フクとジュンペイは元気にやってるだろうか、、、。



ラベル:Radiohead
posted by ギガディラン at 01:20| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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