2016年12月08日

人の思いは味覚を超える

食に対しての自分のあり方は未だ定まっていない。
そのことでトキロックともよく言い争いになったりも
してきた。
あまりに食に対して有り難みを増量すると、食事が
儀式のようになり、味がわからくなったり。
料理や食材に対して情報過多になり、まるでその情報
を美味しいと感じるようになったり。
健康志向や自然派志向が行き過ぎたりすると、
食の哲学になってきて、気楽に食べれなくなったり。

今日「築地ワンダーランド」という映画を観たことで
少し自分なりの答えを出せそうな気がした。



映画の中である人が「ここの人たちはみんな妄想の
世界で生きてる(おそらくロマンを追い求めるという
ことも含めて)」というようなことを言っていた
箇所があったのだが、僕はその部分が日本の食文化
をここまで素晴らしいものにした根っこの部分のよう
な気がしてならない。

僕らは人の思いを食べているということ。
その思いは味覚を常に超え続けているということ。

このことはそのうち、ちゃんと書きたいなと思う。

そう言えば、去年の今頃は主夫として料理してた
ことを思い出すと、食べる人がいるから作りたいと
思えたということに尽きる。

日本の食卓.JPG

今はトキロックが作ってくれるから、バンドの
活動日にスパイスカリーか中華か鍋料理くらいしか
やらなくなっちゃったなあ、、、

posted by ギガディラン at 00:33| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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