ジュンがバンドを辞めると言った。
正気を保とうと理性を総動員した。一度は受け入れたものの、気持ちの整理は付いては散らかり、ジュンに一時の気の迷いではないかと?引き留めてみたものの、2度ライブをやった後もジュンの気持ちは変わることなかった。
ジュンはmothercoatをやる為に以前僕とトキロックが住んでいたすずらん荘の2階にも越してきたし、当たり前にように深谷にも二つ返事で着いてきた。
加入当初最も頼り甲斐がなかったジュンがドラマーとしても人間としても僕の安心の種(花咲くのはもう少し先であると期待していた)になっていた。トキロックが落ちた(飛んだ?)時、トキロックの声を聞いて救急車を呼んだのもジュンである。そこからも命こそ誰も落とさなかったものの色々とあった。今日まで口には出さなかったが、しんどい思いをさせたというか手放しに楽しいと思える時間を共有できることが余りに少なかった、ちょいとばかり頭のおかしい夫婦に気を使わざるを得ない時間も多くあっただろうと思うと胸が締めつけられた。
ケンスケが入り希望を持ちながらも不安定の王様のような状態でライブを再開した時に僕は当然のようにジュンとはずっとバンドをやっていくんだろうなと(入交家の宿命のようなもの)、もう少しバンドの首が座れば彼女も連れてツアー回れたりしたら最高だななんてことを現実として考えていた、むしろケンスケがバンドのギアが一段上がった時に辞めると言い出すんじゃないだろうかという怖さやトキロックの調子のことばかり気にかけていた。が、このタイミングでまさかのジュンであった。驚愕の間の悪さに、ドラマーとしての素質を疑った。
恥ずかしながら、数日は寂しいと悔しいという感情を抑えきれずトキロックに泣きついた夜もあった。トキロック自身もそんな僕を受け止めきれるわけもなく二人して奇人と化した日もあったがなんとか日常生活への支障を大人の技で最小限で抑えることが出来た。
これまで逆境を力に変え踏ん張ってきたが、力に変わる旨味に味を占めたのか、逆境を引き寄せる力を持ってしまったのかもしれない。それともこれがカルマの仕業というものだろうか?
結果的にケンスケの人生も掻き回し途中で泡立ち悪いまま泡立て器の電源が切れ、
手で掻き回す力が今の僕にはなく、これ以上は巻き込めないと判断。
今年、残り東京、名古屋、新潟を持ってmothercoatは冷凍庫に。
破壊と再生はアーティストを育てるが破滅の修正は人間を蝕む。
とにかく疲れた。少しの間ぼーとしたい。

たかだかバンドの生死の話である、人の命に関わる話ではない。

